健常者のコミュニケーションの壁

発達障害をもつ子どもたちの学校生活などが、社会的な問題として注目されている最近のメディアで、語られていない事があります。もし、発達障害をもつ人々の割合が、現状の割合の数十倍に増加して、発達障害をもつ人々が、そうではない健常者の割合を上回ったとしたら、どのような世の中になるのでしょうか?もしかしたら、発達障害をもつ人々は、障害のある者同士の痛みや不安を感じ取り、コミュニケーションができるのではないかな・・・などと、想像を広げてみました。現実的には、誰しもが経験のない未知の世界ではあります。現在、小学校における1クラスに、発達障害をもつ可能性がある子どもたちは2~3人在籍しているのではないかと報告されています。彼らは、脳の認知機能に何かしらの障害がみられると言われていますが、その障害を「個性」と呼ぶ研究者も出てきています。人間はそもそも、完璧な状態ではなく、成長や発達の過程で、出来なかった事が出来るようになり、新しい事にチャレンジを重ねたりするものです。脳機能に障害がある事で、その学習や行動に特性がみられ、成長過程における未発達な部分があるという発達障害ですが、周囲の的確なサポートがある事で、障害が改善される事も研究や観察が重ねられています。人間は、お互いの立場を想像し、労わり合って生きてきく事が必要です。話しを戻しますと、もし、世界中で発達障害をもつ人々の人口割合が増加し、彼らがお互いの痛みや不安感を感取り、コミュニケーションをスムーズに取る事ができるようになったとしたら、発達障害をもつ不安感を感じ取れない健常者側が、人としてのコミュニケーションに乏しい人になるのではなかろうか・・・、などとイマジネーションを膨らませてみました。実際に、発達障害をもつ者同士が、職場環境においてスムーズに協力し合っている姿を目にした事から、もしかしたら健常者側が築いているコミュニケーションの壁なのかもしれない・・・、そんな事を考えてみました。

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