社会性と「発達障害」

以前、「発達障害」について説明をする書籍を手にした時に、社会的な生活に関する能力が乏しいような記述をみつけました。「発達障害」をもつ子どもたちは、周囲の同世代の子どもたちとは、交わらず、遊んだり、コミュニケーションを取らない特徴があると言うのです。そのような「発達障害」の特徴の程度が、見た目では分かりづらいと、その「障害」を温存したまま子どもたちは大人になり、社会に出た時に、「発達障害」の特徴が邪魔をして、職場やコミュニティ内で、予期せぬトラブルが起きやすいというのだ。「発達障害」の特徴として、そのような事が書かれている研究書物や情報メディアは多く、実際にそうなのだと私自身、考えていました。たしかに「発達障害」の特徴的な事柄が、職場やコミュニティ内で、トラブルの一環と考えられるような出来ごとは少なくありません。実際に私自身も、「発達障害」を取り巻く環境は、社会性に乏しいものなのだと考えていたのですが、ある日を境に「発達障害」の子どもたちを取り巻く両親の姿や、発達障害を「障害」として直接的に向き合っている専門家や、それぞれのサポートを試みる人々との関係性は、とても社会性に富んでいる関係性だと感じるようになりました。社会性に乏しいと言われている「発達障害」をもつ子どもたちの周囲の人々が、社会性をもって彼らの存在を療育しようと試みている姿勢には、社会の絆や、社会や人としてあるべき姿なのだなと思わずにいられない事があります。「発達障害」をもつ子どもたちや、そのまま成長した大人たちが、中心となって社会性を新たに生み出しているような姿に見えてしまいました。そのような人々の姿が、「発達障害」を語る上で、関係書物に記述されるような時代が来るのではないかと考えています。

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